キーボードはどうやって生まれたのか|タイプライターから今のPCまで

パソコンの前に座ると、いちばんよく触るのがキーボードです。

メールを打つ、検索する、パスワードを入れる——毎日使っているのに、「なぜ文字がABC順じゃないのか」「Caps Lock は何のためにあるのか」と疑問に思いこともあると思います。

結論から言うと、いまのキーボードは、コンピュータのためにゼロから発明されたものではありません。タイプライター(文字を打つ機械)の時代の工夫が、形を変えて今のPCに残っている——というのが、いちばん大事なポイントです。

この記事では、専門用語はできるだけかみ砕きながら、次の順でやさしくたどります。

  1. なぜ文字の並びがABC順じゃないのか
  2. タイプライター時代——キーボードの原型
  3. コンピュータ時代——タイプライターからPCへ
  4. 世界のキーボード配置——QWERTY・QWERTZ・AZERTY
  5. Caps Lock は何のためにあるのか

目次

  1. キーボードの文字、なぜABC順じゃないのか
  2. タイプライター時代——キーボードの原型
  3. コンピュータ時代——タイプライターからPCへ
  4. 世界の並び——QWERTY・QWERTZ・AZERTY
  5. Caps Lockは何のためにあるのか
  6. まとめ

1. キーボードの文字、なぜABC順じゃないのか

キーボードの上段を左から見ると、だいたい次の並びになっています。

Q W E R T Y …

この並びを、頭文字をとってQWERTY(クワーティ)配列と呼びます。日本のパソコンでも、英字の部分はだいたいこの並びです。

「辞書みたいにABC順の方が分かりやすいのでは?」——そう思うのは自然です。実は、いちばん最初の試作は、ABC順に近い並びでした。見た目もピアノに近い、鍵盤のような形だったと言われています。

では、なぜ今の並びに変わったのでしょうか。

よく聞かれる説明が、「タイプライターが壊れないよう、打つ速度を落とすために並びをわざと難しくした」という話です。初期の機械が、連続して打つと内部の部品同士がぶつかって詰まりやすかったのは事実に近いです。ただし、「わざと遅くするために設計した」という言い方は、正確ではありません。配列は一度に決まったわけではなく、試行錯誤や、当時の使い方、会社同士の調整などが重なって、今の形に近づいていきました。

「では、どんな流れで今のキーボードになったのか」——ここからが本編です。


2. タイプライター時代——キーボードの原型

いまのキーボードの原型は、19世紀後半のアメリカで育ちました。

ショールズたちの発明

1860年代後半、新聞業などをしていたクリストファー・ラサム・ショールズたちが、文字を機械で打つ装置の開発に取り組みます。仲間には、カルロス・グリデンやサミュエル・スーレーなどがいました。

最初の試作は、先ほどのようにピアノ風で、アルファベット順に近いものでした。「知っている順番の方が打ちやすいだろう」という発想です。ところが、打鍵のたびに動く金属のアーム(タイプバー)がぶつかりやすい、など、機械としての問題がつきまといました。並びは何度も手直しされます。

レミントンが量産する

発明だけでは、世の中には広がりません。1873年ごろ、製造の話がE. Remington & Sons(レミントン)に持ち込まれます。レミントンは銃器やミシンなどで知られる会社で、精密な機械を量産する力がありました。南北戦争のあと、別の製品にも技術を活かしていた時期でもあります。

1874年ごろには、いわゆるSholes & Glidden Type-Writerが販売されます。価格は当時としてかなり高く、今の感覚に直すと高級家電〜それ以上、くらいのイメージです。最初は大文字中心で、打った文字をその場で確認しにくい機種もありました。それでも、「手書きより速い・きれいな文字が残る」という価値は、少しずつ広がっていきます。

Shiftキーの登場

大きな転機が、1878年の Remington No.2です。ここでShift(シフト)キーが登場し、大文字と小文字の両方に対応しやすくなりました。

「Shift」という名前は、英語でずらすという意味です。当時のタイプライターでは、キーを押すと本当に機構の一部が物理的にずれて、同じキーでも別の文字(大文字や記号)が紙に打たれる仕組みでした。今のPCでも名前だけが残り、意味は「別の文字セットに切り替えるキー」になっています。

QWERTYが標準になっていく

並びは、一気に今のQWERTYになったわけではありません。試作、レミントン側の調整、販売会社の都合などが重なり、1870年代から1880年代にかけて今に近い形へ寄っていきます。

余談ですが、最上段のキーだけでTYPEWRITERと打てる、という話があります。営業の人が、お客さんに見せるデモ用だった、とよく言われます。本当にそれが主目的だったかは議論がありますが、「タイプライター」という単語が、キーボードの上段にきれいに並んでいるのは面白い事実です。

1890年代には、大手メーカー側の動きもあり、QWERTYは業界で事実上の標準に近づいていきます。ここで一度広く採用されたことが、のちのコンピュータ時代にも大きく効いてきます。

この時代のポイント(年表)

年代出来事いまにつながる意味
1867年ごろショールズらがタイプライター開発キーボードの出発点
1873〜74年レミントンが製造・販売製品として世に出る
1878年Remington No.2 で Shift大文字・小文字の切り替えの原型
1880年代並びが現行QWERTYに近づく今の英字配列の土台
1890年代業界で標準化が進む「みんな同じ並び」が固定され始める

3. コンピュータ時代——タイプライターからPCへ

コンピュータが登場しても、最初から今のようなキーボードで操作していたわけではありません。

初期は、パンチカード(穴の位置でデータを表す紙)をあらかじめ用意して機械に読ませる、というやり方が一般的でした。今の感覚でいうと、「チャットするように打つ」のではなく、「答案を提出してから結果を待つ」に近いイメージです。

その場で打つ、対話の始まり

転機のひとつが、1955年、MITのWhirlwindというコンピュータです。タイプライターに近い装置(テレタイプ/テレプリンタ系)をつなぎ、その場でキー入力して指示を出せるようになりました。遠くに文字を送るタイプライターのような装置が、コンピュータとの「会話」の入り口になった、と考えてください。

テレタイプが橋渡しになる

1960年代になると、Teletype Model 33のような装置が広まります。文字のやり取りのルール(のちのASCIIの流れ)や、Escキーのような「特別なキー」の文化も、このあたりの端末の世界とつながっています。

ポイントは単純です。すでにタイプライターで慣れた並びと打鍵の文化が、コンピュータ端末に乗ったのです。ゼロから新しい配列を全員に覚え直させるより、既存の標準を引き継ぐ方が現実的でした。

画面を見ながら打つ時代へ

1969年ごろからは、紙だけに打つのではなく、画面(CRT)を見ながら打つ端末が増えます。DataPoint 3300 などがその一例で、1970年代には DEC の VT100 なども有名になります。「今のパソコンに近い操作感」へ、一歩ずつ近づいていきます。

IBM PCで「今の形」に近づく

個人向けコンピュータの普及で、キーボードの見た目も一気に身近になりました。

モデル特徴(やさしい説明)
IBM PC(Model F など)1981年ごろまだFキーが左側にあるなど、今とは少し違う
PC/AT キーボード1984年ごろCaps Lock などのランプが分かりやすくなる
Enhanced Keyboard(Model M)1984年ごろF1〜F12が上段、矢印キーやテンキーも今に近い配置。101キーのイメージ

ここで大事なのは、キーの数や位置が洗練されても、英字の並びそのものはQWERTYのままだったことです。タイプライターで育った標準が、オフィスのタイピスト教育や端末の仕様に食い込んでいたため、コンピュータになっても簡単には変えられませんでした。

スマホの画面キーボードでも、英字はだいたいQWERTYのままです。物理的なアームの詰まりはもう関係ないのに並びが残っている——それくらい、一度広まった標準は強い、ということです。


4. 世界の並び——QWERTY・QWERTZ・AZERTY

「世界中が完全に同じ並び」ではありません。ラテン文字(アルファベット)を使う国でも、言語に合わせて少し枝分かれしています。初心者の方が押さえておくと楽しいのは、次の3つです。

配列主に使う地域特徴
QWERTY英語圏、日本の英字部分などいちばん有名。タイプライター由来の世界標準寄り
QWERTZドイツ、オーストリア、中欧などY と Z の位置が入れ替わる
AZERTYフランス、ベルギーなど左上が A Z E R T Y。記号の位置もフランス語向けに違う

QWERTY

英語圏で広がり、コンピュータでもデフォルトになりやすい配列です。日本のキーボードも、ローマ字入力のときは基本的にこの並びに従います。

QWERTZ

ドイツ語では、英語よりZ をよく使う(Yは外来語や固有名詞に多い)ため、打ちやすい位置へ寄せた、と説明されることが多いです。見た目はQWERTYに似ていますが、YとZが入れ替わっているので、海外のPCを借りると「Zを打ったらYが出た」という体験をしがちです。

AZERTY

フランス語向けに並びや記号キーを調整した配列です。名前のとおり、左上が A-Z-E-R-T-Y になります。同じアルファベットでも、「どの文字をよく使うか」「どの記号が必要か」でキーボードは国ごとに少し違います。

共通して言えるのは、どれもタイプライター時代のQWERTY一族の親戚だということです。まったく別物というより、「同じ家系の方言」に近いイメージです。


5. Caps Lockは何のためにあるのか

パスワードを打つとき、いつの間にか全部大文字になっていた——そんな経験はありませんか。犯人候補の筆頭がCaps Lock(キャップスロック)です。

では、このキーは何のためにあるのでしょうか。

祖先は「Shiftを固定する」仕組み

Caps Lock の祖先は、タイプライターのShift Lock(シフトロック)です。

先ほどのように、Shift はもともと機械をずらすキーで、押し続けるのに力が要りました。長いあいだ大文字で打ちたいとき、小指で押しっぱなしにするのはつらい。そこで、「Shiftした状態をロック(固定)する」キーが生まれました。押しっぱなしの代わりに、留め具で状態を保つ工夫です。

今のCaps Lockとの違い

タイプライター寄りの Shift Lock と、いまのPCの Caps Lock は、似て非なるところがあります。

Shift Lock(昔寄り)Caps Lock(いまのPC)
効く範囲文字だけでなく、数字が記号になるなど広い主に英字だけが大文字になる
よくある事故数字を打つと @#$% のように記号だらけパスワードが全部大文字/文章が叫び文になる

コンピュータ時代になると、機構を物理的にずらす必要がなくなったので、キーの役割も分かれました。「文字だけ大文字にしたい。数字キーまで記号にしたくない」——そんな要望に近いのが、今の Caps Lock です。1960〜70年代の端末の世界で、そうしたキーが製品に載っていきます。

IBM PC(1981年)にも Caps Lock はありましたが、位置は今と少し違いました。1984年ごろのModel Mで、Caps Lock がAキーの左(いま多くのキーボードで見かける位置)に落ち着きます。押しやすい場所にあるぶん、うっかりオンにしてしまう、という副作用もあります。

今も残っている理由

「もういらないのでは?」という声は昔からあります。一方で、見出しを大文字でそろえる、英数字の番号を大文字で打つ、といった実務では今も使われます。必要なら、OSの設定で Caps Lock を別の機能に変えたり、無効にしたりすることもできます。

要するに Caps Lock も、タイプライターの指の負担を減らす工夫の名残なのです。並び方と同じく、「コンピュータ専用の最新アイデア」ではなく、古い道具の子孫です。


6. まとめ

この記事の流れを、短く振り返ります。

  • キーボードの英字並び(QWERTY)は、タイプライター時代に育った
  • 最初はABC順に近かったが、機械の都合や試行錯誤を経て今の並びに近づいた。「わざと遅くした」は有名だが、正確な一言ではない
  • コンピュータは、最初から新しい配列を作るより、すでに標準だった並びを引き継いだ
  • 国や言語によってQWERTZAZERTYなど、少し違う親戚配列がある
  • Caps Lockは、Shift を押しっぱなしにしないためのShift Lockの子孫。今は主に英字だけを大文字にする

次にキーボードを見たとき、「これは150年近くかけて積み重なった道具なんだな」と思えたら、この記事の目的は達成です。変な並びも Caps Lock も、欠陥というより歴史の名残——そう捉えると、毎日の入力が少しだけ面白くなると思います。


参考

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